食品工場の微生物制御へのアルコールの利用技術
1.はじめに
2.アルコールの殺菌機構
(1)微生物細胞膜の脂質及び脂肪酸組成の変化
(2)酵素のたんぱく質及び核酸の変化
生物酵素の構成成分として、たんぱく質及び核酸の存在がある。微生物菌体たんぱく質に対する作用が大きい。アルコールが微生物酵素に作用して微生物増殖阻害及び、殺菌を行う。アルコールの微生物増殖阻害は合成系酵素阻害が中心である。タンパク質の水素結合の切断によるたんぱく質変性による。その多くは脂質合成酵素、ペプチドグリカン合成酵素、ATP合成酵素、DNA、RNA合成酵素の阻害である。ATPの合成阻害が大きく関係する。従来から、疎水性有機溶剤はたんぱく質変性力が弱く、親水性有機溶剤はたんぱく質変性力が強いことが知られている。バクテリオファージの不活化はアルコールによるたんぱく質変性が主原因である。アルコールにより微生物酵素たんぱく質が破壊、変性を受けるために急激な微生物の死滅が生じる。DNAはたんぱく質に比較してアルコール耐性が強く、ファージDNAは80〜90%エタノール溶液で処理しても失活しない。細菌類におけるDNA合成もRNA合成に比較してエタノール耐性が強い。DNAにエタノールを作用させた場合の変性について検討されている。
(3)細胞内からの細胞内容物の漏出
低濃度アルコールは、細胞膜からアミノ酸、核酸、リン、カリウム、マグネシウム等の低分子物質の漏出を増大させる。これが微生物増殖を抑制する原因の一つである。アルコールはプロトンH+やカリウムの漏出をもたらすことが大腸菌、枯草菌で確認されている。大腸菌をアルコールで処理すると核酸の漏出が増大して死滅する。酵母はアルコールによって細胞膜の組成、構造変化による膜透過性の変化によりプロトン勾配に変化が生じている。このようなアルコールによる低分子物質の漏出は栄養素の蓄積を阻害し、その結果微生物が飢餓状態となり細胞の増殖を阻害する。3.アルコールによる微生物の殺菌
エタノールには微生物の熱死滅促進効果、食塩との併用による凍結殺菌促進効果、酸性pHにおける細菌芽胞の耐熱性低下効果、細菌芽胞に対する発芽促進効果がある。
4.アルコールの生体への影響
酢酸は体内のあらゆる細胞に利用される。エタノールはこれまで種々に分野で使用されてきた。殺菌を主とした外用、神経痛のための注射、気つけ薬、食欲増進、鎮静作用及び睡眠作用のための飲用等である。エタノールの人間への影響は中枢神経の抑制作用であり、高等な精神活動に関与する脳、衝動的な作用に関与する脳、運動や平衡に関与する脳を抑制して最後には生命の基本的な機能に関与する延髄に達する。
ラットに対する急性毒性は経口投与でLD50=14g/kg、ヒト推定致死量(経口)は成人で5〜8g/kg、小児で約3g/kg、100%エタノールとして成人で250ml、小児で6〜30mlを30分以内に摂取すると危険とされている
5.アルコールを資化する微生物
エタノールを資化する微生物が食品工場に出現し、多くの問題が発生している。エタノールを資化して食品を変敗させたカビの事例を表1に示した。
表1 エタノールを資化するカビによる食品の変敗
| 食品 | アルコール濃度 | 変敗現象 | 原因微生物 |
| ブランディケーキ | 1.7% | 菌体生成 | Moniliella suaverolens var niger |
| ミニドーナツ | 0.7% | 菌体生成 | Tricosporonoides nigrescence |
| 食パン | 0.5% | 黄色斑点 | Moniliella suaverolens |
| 蒸しケーキ | 0.5% | 赤色斑点 | Moniliella sp. |
| ロールカステラ | 0.7% | 赤色斑点 | Moniliella sp. |
| チーズ蒸しパン | 0.4% | 褐色斑点 | Moniliella sp. |
| 生パン粉 | 0.5% | 黄色斑点 | Moniliella sp. |
エタノール系殺菌剤を食品工場内の施設の殺菌・消毒に単独で常用していると、エタノール耐性菌の出現が予測される。原因となるカビが製造直後の製品から検出されずに、冷却後の製造工程で検出されることがある。この現象は明らかに工場からの二次汚染菌である。エタノールを資化するカビはエタノールを多用する工場に棲みついており、時々製品に二次汚染して変敗の原因となる。 エタノールを資化して食品を変敗させた酵母の事例を表2に示した。
表2 エタノールを資化する酵母による食品の変敗
| 食品 | アルコール使用 | 変敗現象 | 原因微生物 |
| ロールカステラ | ブランディ、ラム酒 | シンナー臭 | Pichia anomala |
| 餃子の皮 | 発酵調味液 | シンナー臭 | Pichia anomala |
| 生めん | 発酵調味液 | シンナー臭 | Pichia anomala |
| 稲荷寿司 | 食酢、製造工程殺菌 | シンナー臭 | Pichia anomala |
| ソフトゼリー | ラム酒 | シンナー臭 | Pichia anomala |
| チョコレートケーキ | ラム酒 | シンナー臭 | Candida cacaoi |
| アップルパイ | ラム酒 | シンナー臭 | Saccharomyces sp. |
乳酸菌に対しては40%エタノールではほとんど効果がないが、大腸菌や黄色ブドウ球菌には効果がある。最近、ガス置換包装、真空包装、脱酸素剤使用包装、粉末エタノール剤使用包装が普及するに伴い、また防腐剤及び殺菌剤としてエタノールがよく用いられるようになってきてから従来あまり問題とならなかった食品にシンナー臭(酢酸エチル臭)が生成する現象が多発するようになってきた。シンナー臭の生成した食品の共通点は、食品保存料、風味改良剤、殺菌剤としてエタノールを使用し、エタノールを資化する酵母が増殖していることである。これらの酵母は食品製造工場に生息しており、エタノールや次亜塩素酸ナトリウムに抵抗性のあるものが多い。これらの酵母の殺菌にはエタノールや次亜塩素酸ナトリウムと殺菌機構が全く異なるオゾン(オゾン水、オゾンガス)が効果的であり、多くの食品工場で採用されている。
6.アルコールの特徴
(1)エタノール殺菌の長所
エタノールの蒸発速度は濃度に依存し、30℃での常圧速度を表3に示した。エタノールの蒸発速度は濃度に依存し、30℃での常圧速度を表3に示した。
表3 エタノールの蒸発速度(30℃)
| エタノール濃度(%) | 放置時間(h) | エタノール残存率(%) |
| 99.5 | 1 | 75 |
| 99.5 | 2 | 30 |
| 99.5 | 3 | 0 |
| 80.0 | 1 | 90 |
| 80.0 | 2 | 60 |
| 80.0 | 3 | 32 |
| 80.0 | 4 | 18 |
| 80.0 | 5 | 14 |
| 70.0 | 1 | 90 |
| 70.0 | 2 | 60 |
| 70.0 | 3 | 38 |
| 70.0 | 4 | 25 |
| 70.0 | 5 | 20 |
99.5%エタノールは直ちに蒸発するが、他のエタノール液は水分が残存し、微生物の増殖の原因となる。
(2)エタノール殺菌の短所
エタノールは可燃性があり、殺菌力に持続性がなく二次汚染防止には効果が薄い。エタノールは常温により気化するため接触時間が短いと殺菌が不十分となることによる。夏季の高温の季節ではエタノールを散布後放置しておくと、気化にしたがって空気中の浮遊菌が落下して二次汚染が生じる。細菌の芽胞には殺菌力がない。エタノールの持つ脱水作用のため食品の表面が脆くなったり、固くなったりする商品劣化がある。エタノール臭が商品のクレーム問題となる。プラスチック製品の殺菌に用いると材質が硬化し、透明度が低下する。50%以下のエタノールの殺菌効果は弱く遅い。また100%では脱水効果によって殺菌効果は低下する。酵素阻害やたんぱく質変性による不都合がある。エタノール蒸気による従業員の健康管理の問題、更にはアルコールの引火性による消防法の適用を受け建造物の防火、防爆構造への改築、コストがかかる等がある。(3)エタノール製剤
エタノールを利用した微生物制御には、エタノール及びそれに有機酸やグリシン、グリセリン脂肪酸エステル、リゾチーム、ポリリジン等を配合した製剤があり、殺菌や静菌の目的で使用されている。最近ではエタノール濃度を下げて、天然物を組み合わせたエタノール製剤が多い。食品衛生分野で使用されるアルコール製剤は2種類以上の添加物が加えられている。各エタノール製剤会社は用途、目的に応じて適当な添加物を選択している。一般的に多いのは食品製造機械洗浄剤、食品衛生用除菌剤である。エタノールへの添加物は各種食品添加物の中から選択され、エタノールは低pHで殺菌効力が向上するので各種有機酸及び有機酸塩(クエン酸、酢酸、乳酸、乳酸ナトリウム、リンゴ酸、リンゴ酸ナトリウム、酒石酸、酒石酸ナトリウム)が添加されていることが多い。また、食品素材(環状オリゴ糖、還元麦芽水飴、水飴)や食品用乳化剤(グリセリン脂肪酸エステル、グリセリン等)と併用される。エタノールとの併用により抗菌活性が増加を示す食品用乳化剤としては、グリシン等のアミノ酸、香辛料抽出物、食塩、酢酸、精油成分、ソルビン酸、プロピレングリコール、EDTA等がある。エタノール濃度は目的により75%を中心にして、88%、73%、59%、41%と種々の濃度のものがある。またpHは7.5〜9.5が多いが3.0〜5.0、4.0〜5.5、5.5〜7.0と種々のものがある。7.アルコールの食品工場への利用
(1)機械・装置の殺菌
(2)手指の殺菌
エタノール製剤は、食品やその製造環境に使用されるだけではなく、それらと直接接触する従業員の手指の殺菌にも利用されている。その適用には自動噴霧装置やハンドスプレー等各種の器具が使用されている。その殺菌効果を左右する要因は手指の汚れとエタノール製剤の量の程度である。有機物が多いと殺菌効果が低下するので、水で洗浄後にスプレーする。またその後噴霧するエタノール製剤の量が少ないとすりこみ不良となり殺菌不良となる。最も重要なポイントは手指のエタノール製剤による濡れの程度であり、この濡れが殺菌効果を左右する。(3)床の殺菌
実際の食品工場での実験では60〜95%エタノールではほとんど殺菌効果に差はないが、殺菌スピードの速い70〜80%エタノールが多く用いられている。これまで殺菌を目的として多くの食品工場の床等にエタノールを散布してきた。このため食品製造施設、製品に種々のエタノール耐性カビ、酵母、乳酸菌が出現している。この原因は使用するエタノール濃度に起因する場合が多い。エタノールが揮発すれば、必ず水が残り、この水を利用してカビ、酵母、乳酸菌が増殖する。エタノールに種々の添加物等を入れれば、この添加物が床に残存してこれを資化するカビ、酵母、乳酸菌が増殖する。水洗等で床の洗浄し、有機物を除去した後、その工場に適応した(温度、湿度等)濃度のエタノールを散布することが大切である。また工場に散布するエタノールはできるだけ少なくて効果のある散布方法を開発していくことがポイントとなる。これまでの多くの食品工場での実例を検討し、考察するとエタノールの使用濃度及び使用量はその工場の技術的レベルを明確に示している。サナテックメールマガジンへのご意見・ご感想を〈e-magazine@mac.or.jp〉までお寄せください。
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