−カビが産生する毒(マイコトキシン)−その2
| マイコトキシン(mycotoxin、カビ毒、真菌毒)とは、カビが産生する第二次代謝産物で、ヒトおよび動物に対して有毒な作用を有する化学物質の総称です。我が国における消費者等のマイコトキシンに関する認識は、細菌やウィルス等における食中毒に比べ必ずしも高くないと言われていますが、昨年(SUNTEC e-Magazine Vol. 016)ご紹介致しましたように、国際的にはマイコトキシンの重要性は高く位置づけられています。それはマイコトキシンによるヒトや動物に対する健康被害だけでなく、カビ・マイコトキシン汚染により被る農産物の多大な損失等、経済面においても問題があるからです。わが国においてはこれらの国際的な動向を受け、2001年よりマイコトキシン汚染の実態調査が組織的に行われ、また、2003年に食品安全基本法が施行され食品安全委員会のもとに、カビ毒・自然毒等専門調査会が設置されるなどマイコトキシンの安全性評価の体制が整備されてきました。 今回はその毒性や多様な食品汚染と高い汚染頻度から世界的に問題となっているのにもかかわらず、わが国において基準値が設定されていないオクラトキシンAについてご紹介致します。 |
| オクラトキシンAは、南アフリカの研究者たちが毒素産生カビを検索中に、Aspergillus. ochraceus(アスペルギルス・オクラセウス)に属する分離株の毒性代謝物として1965年に初めて発見され、腎毒性を有するマイコトキシンです。当初、オクラトキシンAはマイコトキシンとしての評価は低かったのですが、1969年にトウモロコシにおける自然汚染が報告されて以来、次々と自然汚染例が報告されるようになり重要視されるようになりました。オクラトキシンA産生菌としては、Penicillium(ペニシリウム)属の数種およびAspergillus(アスペルギルス)属の多くの種がこれまでに報告されていますが、実際に汚染原因菌として問題となっているのは、A. ochraceus、A. carbonarius(アスペルギルス・カルボナリウス)、P. verrucosum(ペニシリウム・ベルコーサム)です。P. verrucosumは気温30℃以下および水分活性0.8までは生育可能であるため、カナダやヨーロッパ等の比較的低温地域でのコムギ、オオムギ、ライムギなどの穀類の汚染原因菌となっています。またこのような汚染穀類を家畜飼料とするため、家畜由来の食肉・食肉加工品、乳・乳製品からもオクラトキシンAが検出されています。また、P. verrucosumの一部の菌はオクラトキシンとシトリニン(腎毒性を有するマイコトキシン)を低温で同時に産生することから、相乗的にヒトや動物に対して腎毒性を示すことが指摘されています。一方、A. ochraceusやA. carbonariusは、熱帯・亜熱帯等の高温多湿地域での農産物の汚染原因菌です。A. ochraceusは中南米、アフリカ、東南アジア地域の豆類、香辛料、カカオ豆、コーヒー豆等の汚染原因菌として知られ、また、A. carbonariusは高温で生育可能であり、さらにその黒色胞子が日光に対して高抵抗性を示すため、果物特にブドウの成熟時や乾燥時に生育し、グレープジュースやワイン、乾燥果実およびコーヒー豆の汚染原因菌となっています。 このようにオクラトキシンA産生菌が熱帯から温帯の寒冷地まで広く分布するため、オクラトキシンA汚染が世界中の幅広い地域での様々な農産物で発生し、国際的に問題となっています。そのため、ヨーロッパ諸国、カナダを始めとした多くの国々での規制値設定や、FAO/WHO合同食品添加物専門家委員会(JECFA)等の国際機関やEUを始めとした諸外国等によりリスクアセスメントが行われるなど、オクラトキシンAは現在最も注目を浴びているマイコトキシンの一つです。表1に現在世界的に最も厳しい規制値を設定しているEUにおける基準値を示しました。 |
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オクラトキシンの毒性については、1970年代より種々の動物を用いて精力的に研究が行われ、腎毒性、催奇形性、生殖毒性、神経毒性、発ガン性、遺伝毒性などがこれまでに報告されてきました。オクラトキシンAは下図に示したように、イソクマリン骨格にフェニルアラニンが結合した構造をしています。フェニルアラニンはアミノ酸ですので、オクラトキシンAはその代謝に拮抗し、タンパク合成を抑制し、毒性を表すと考えられますが、現在までに腎毒性、発ガン性や遺伝毒性のメカニズムは未だ解明されていません。しかし、動物実験においてはオクラトキシンAが発ガン性を有していることは間違いなく、国際癌研究機関(IARC)ではオクラトキシンAをグループ2B(ヒトに対して発ガン危険性の可能性がある)に分類しています。オクラトキシンAはヒトの血清タンパクであるアルブミンに強く結合し、長時間体内に残存する(ヒトにおける半減期は35日)ため、ヒトはオクラトキシンAの影響を受けやすいとも考えられています。このため、血液中のオクラトキシンA濃度を測定することにより、ヒトがどれだけのオクラトキシンを摂取しているかも明らかになります。事実、オクラトキシンA汚染濃度・頻度の高い穀類を主食とするヨーロッパでは、ヒト血液中のオクラトキシン濃度や頻度が高いことが報告されています。日本においても同様で、ヒト血液中のオクラトキシンA濃度はヨーロッパに比して低いが、その頻度は高いことが報告されており、わが国の食品がオクラトキシンAに汚染されている証拠ともなります。 |
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| さて、冒頭でわが国においてはオクラトキシンAの基準値が設定されていないことを述べました。世界でこれだけ問題になっているのに日本は何の対応も行っていないのか、とおしかりを受けるといけませんので、現在までのわが国のオクラトキシンA汚染への対応を述べたいと思います。わが国における食品のオクラトキシンA汚染については、穀類、コーヒー豆、ビール等についてこれまでに筆者も含めた研究者達が報告してきましたが、組織的・継続的な汚染調査は行われてきませんでした。昨年ご紹介しましたように、2001年以来、厚生労働省はカビ毒汚染調査班を組織し、種々のマイコトキシン汚染調査を行ってきています。オクラトキシンAについては、アフラトキシンおよびフモニシンとともに、2004年から2006年までの3年間、日本国内に販売されており、オクラトキシン汚染が懸念される食品について調査を行ってきました(第94回日本食品衛生学会学術講演会にて発表)。表2にその調査対象試料を示しました。 これまでに、23種、計970試料の食品について調査を行い、黄色で示しました食品群からオクラトキシンAが検出され、それらの汚染件数および濃度を表3に示しました。調査対象試料中16種類もの食品からオクラトキシンAが検出され、また、汚染割合が50%以上のもの(黄色)は8種類ありましたが、EUの基準を超えた試料は、オートミールとレーズンの2検体だけでした。これらのデーターをご覧になり、皆さんは大変驚かれたかと思います。しかし、これらの汚染濃度は世界的なデーターに比べて決して高いものでなく、すぐに健康被害が懸念される状況ではないと考えられます。このような調査は2007年度からも行っており、これらの汚染実態調査データーと国民栄養調査から得られる食品摂取量のデーターとともに確立論的統計処理し、適正なリスク評価を行う予定です。 |
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| マイコトキシン汚染は、圃場、輸送、貯蔵など様々な段階でのカビの侵害により発生します。圃場では天候不順によって汚染の機会が増し、収穫後ではカビ侵入を抑制するための輸送、貯蔵での十分な温度・湿度管理には膨大な費用を伴うことから、マイコトキシン汚染をゼロにすることは極めて困難です。また、ごく微量のマイコトキシンが食糧に混入していることに対して消費者が過剰に反応し、汚染食糧を全て廃棄しなければならない状況になることは、海外からの輸入食品に頼っている日本においては食糧不足をきたす問題にもなります。従って、ここでご紹介しましたような汚染調査データーをもとにそのリスク評価を行うことは大変重要なこととなっています。オクラトキシンAについては、これまでの調査結果から計算される摂取量を考慮した場合、すぐに人の健康被害を起こすレベルではないと考えられますが、汚染調査は現在も進行中であり、最終的な汚染調査データーをもとにリスク評価を行い、健康被害が予想されれば一刻も早く基準値を設定していくことになると思います。 尚、本年8月29日(金)、名古屋市立大学薬学部薬友会館にて、日本マイコトキシン学会第64回学術講演会が開催されます。皆様方のご参加をお待ちしております。詳細は下記をご参照下さい。 |
| 日本マイコトキシン学会第64回学術講演会についてのご案内[PDF:129KB] |
| 中島 正博(なかじま まさひろ) 薬学博士 |
| 1958年 愛知県豊橋市生まれ 1981年 名古屋市立大学薬学部 卒業 1983年 名古屋市立大学薬学研究科博士前期課程 修了 1987年 名古屋市立大学薬学研究科博士後期課程 修了 1987年 社会福祉法人 新生会日本医動態研究所 研究員 1987年 名古屋市衛生研究所食品部 研究員 1992年 名古屋市栄養専門学校非常勤講師 兼任 2002年 名古屋市衛生研究所 主任研究員 [役員等] 日本マイコトキシン学会 幹事 [授賞] 愛知県薬剤師会薬学薬業奨励賞(1993年) マイコトキシン研究会(現日本マイコトキシン学会)学術奨励賞(2002年) 地方衛生研究所全国協議会東海・北陸支部支部長表彰(2004年) [著書等] 食品衛生検査指針・理化学編(2005)部分執筆 |
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