特別講座 – 天然着色料の分析について(1)
| 食の安全・安心は社会生活を営む上で最も重要な問題のひとつであり、特に現在のように新しい加工食品が次々と生産される時代にあっては、種々の食品添加物が使用された加工食品の安全・安心の確保は極めて重要なことである。我が国では、現在、1500を超える添加物が食品への使用を許可されているが、中でも着色料は150種類以上を有し、消費者の視覚に訴えて購買意欲をかき立てるための必要不可欠な添加物として様々な食品に用いられている。これらのうち、合成着色料(タール色素)が12種類のみであるのとは対照的に、天然着色料はその種類が非常に多く、140種類以上も使用が認められている。また、天然着色料は、天然物由来の安心感から来る消費者の天然物志向と相まって、近年、その使用は急激に増大している。しかし、食品衛生上の観点からはこれら天然着色料が適正に使用されているかを常にチェックする必要があり、天然着色料の簡便、迅速な分析法を早急に整備する必要がある。そこで、本シリーズでは天然着色料の簡便な分析法を5回にわたって紹介する。紹介する天然色素は、ラック色素、コチニール色素、β-カロテン、トウガラシ色素、ウコン色素、クチナシ色素、水溶性アナトー色素を予定しており、初回の本稿ではラック色素及びコチニール色素について紹介する。 |
| ラック色素はラックカイガラムシ(Laccifer lacca Kerr)のセラック樹脂から抽出される色素で、ラッカイン酸A、B、C 及び Eを主成分としており、水に溶けて赤色を呈し、アルカリ性で紫色になる。コチニール色素はある種のサボテンに寄生するエンジムシ(Coccus cacti L.) から得られる赤色の色素で色素成分はカルミン酸であり、性状はラック色素とほぼ同様である。これらのアントラキノン系の色素は、清涼飲料水、ジャム、キャンディー、ゼリーなどに汎用されており、簡便、迅速な薄層クロマトグラフィー(TLC)による分析法を確立しなければならないものの一つであると考えられている。しかし、通常用いられるシリカゲルTLCは、安定したRf値を得ることが難しく、多くの成分から構成されている天然着色料の分析には不向きである。そこで、著者らはシリカゲルTLCではなく、Rf値の再現性に優れた逆相C18-TLCを用いて分析法を検討することとした。 |
| ラック色素及びコチニール色素を良好に分離同定できるTLC分離条件を種々検討したところ、Fig. 1に示すようにTLCプレートとして逆相C18を、展開溶媒としてメタノール-0.5mol/Lシュウ酸=5.5:4.5を用いることにより、ラック色素はRf値0.60と0.29の二つのスポットに、コチニール色素はRf値0.52のスポットに分離することができた。ラック色素及びコチニール色素のようなアントラキノン系の化合物は、通常の展開溶媒を用いて分離を行うと、テーリングをしたスポットを与えることがよく知られている。このような場合には、シュウ酸、2-ヒドロキシイソ酪酸、アセチルアセトン等を展開溶媒に添加することにより、テーリングを防ぐことができる。そこで、展開溶媒としてメタノール:シュウ酸水溶液=5.5:4.5を用いて、シュウ酸の濃度を種々に変化させ、分離の状態を検討したところ、シュウ酸を添加しないときにはコチニール色素はテーリングを示し、ラック色素と分離ができない。しかし、シュウ酸の濃度を上昇させるに従って、テーリングが減少し、それに伴って両色素の分離が認められるようになり、0.5 mol/L以上でほとんどテーリングのないスポットと良好な分離が得られた。 本法では逆相TLCプレートを使用しており、メタノールと0.5 mol/Lシュウ酸の混合比も分離条件を最適化するための大きな要因となる。そこで、メタノールと0.5 mol/Lシュウ酸の混合比を変化させ、検討を行ったところ、7:3から3:7の混合比では両色素の分離は認められたが、5.5:4.5のとき最も良好な分離が得られたので、メタノールと0.5 mol/Lシュウ酸の混合比は5.5:4.5とした。 |
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| 汎用されている試料精製法の中で、最も簡便迅速な手法と思われるC18カートリッジによる精製法を検討することとした。ラック色素及びコチニール色素の食品からの抽出については、0.1 mol/L シュウ酸を含んだメタノール水溶液が最も良好であることが知られており、この抽出液中の両色素を精製することを念頭に置いて検討を加えた。すなわち、色素抽出液はそのままC18カートリッジに負荷され%るので、その際のメタノール濃度と両色素のC18カートリッジへの保持率について検討した。メタノール濃度を0~100%まで変化させた溶液に0.1mol/Lになるようにシュウ酸を添加し、これを用いて0.005%ラック色素及びコチニール色素の溶液を調製し、その50mLをカートリッジに負荷した。保持率は色素負荷時に保持されない色素量を吸光度法により定量することにより算出した。ラック色素、コチニール色素ともに、メタノールが10%以下の場合はほぼ100%保持されたが、10%を超えると急速に保持率が低下し、40%以上になると、ラック色素では10%以下に、コチニール色素では14%以下に保持率が大きく低下した。このことから、色素抽出溶液をC18カートリッジに保持する前に、メタノール濃度が10%以下になるように調整する必要があることが判った。 次に、0.1mol/L シュウ酸含有10%メタノール水溶液の液量を50mL以上に増量して検討したが、100 mL以下の負荷容量では100%の保持率を示したことから、抽出した色素溶液を水でメタノール濃度を10%以下に希釈し、その全量が100mL以下であるならば、そのままカートリッジに両色素を保持させることができることが明らかとなった。 C18カートリッジからの目的化合物の溶出は、通常メタノールを用いて行われるが、その必要量は化合物によって異なるので、0.005%ラック色素及びコチニール色素水溶液50mLをC18カートリッジに負荷し、1から10mLのメタノールを用いて検討した。定量は上述の二つの実験と同様に吸光度法により行った。その結果、5mLのメタノールを使用することにより、両色素はカートリッジから完全に溶出することが判明した。これらのことからC18カートリッジによるラック色素及びコチニール色素の精製は十分に可能であると判断し、Fig. 2に示す試料精製法を作成した。 |
| TLCによる同定には標準品のRf値との一致が絶対条件であるが、試料中の夾雑物の影響を受け、Rf値が一致しないことがしばしば見受けられる。試料中の夾雑物のRf値に与える影響を検討するために、市販食品122試料(ラック色素:41試料、コチニール色素:81試料)を上述の精製法により精製し、逆相TLCにより分析した。TLC上における標準色素のRf値と試料中の色素のRf値の相違の度合いを、同一プレート上に展開された色素標準品のRf値に対する試料のRf値の比、すなわち、試料中の色素のRf値/標準色素のRf値(以下Ra/Rs値と略す。)を用いて評価した。ラック色素のうちRf値0.29のスポットのRa/Rs値は0.99、変動係数は8.1%、0.60のそれは1.00と4.6%であった。また、コチニール色素のスポットのRa/Rs値、変動係数はそれぞれ0.99及び5.9%であった。このことは両色素の試料中のスポットは標準品のそれとほとんど同じ位置に現われ、再現性にも優れていることを示している。 今回、食品中のラック色素及びコチニール色素の逆相TLCによる分析法について紹介したが、読者がこれらの色素の分析を行う際に、本稿がお役に立てれば幸いである。 |
本研究は、岡崎市保健所 板倉裕子氏、愛知県食品衛生検査所 林 智子博士、愛知県衣浦東部保健所 尾関尚子博士、愛知県衛生研究所 伊藤裕子博士、後藤智美博士らとの共同研究で実施されたものであり、その旨をここに記載し、謝意を表します。 |
板倉裕子, 上野英二, 伊藤裕子, 岡 尚男, 尾関尚子, 林 智子, 山田貞二, 加賀美忠明, 宮崎 豊, 大辻泰子, 羽田野良一, 山田暎一, 鈴木亮而、食品衛生学雑誌, 40, 183-188, 1999. |
| 岡 尚男(おか ひさお) | |
| 【勤務先・職】 | 金城学院大学薬学部 教授 |
| 【最終学歴】 | 名城大学薬学部(1970年) |
| 【学位】 | 薬学博士(1986年) |
| 【職歴】 | 愛知県豊橋保健所(1970年) 愛知県衛生研究所(1972-2005年) |
| 【留学】 | 米国国立衛生研究所(NIH、1988-89年、一年間) |
| 【受賞歴】 | 昭和62年度日本薬学会東海支部学術奨励賞(テトラサイクリン系抗生物質の化学的分析法に関する研究) 平成9年度年度日本食品衛生学会奨励賞(逆相クロマトグラフィー及び質量分析法の食品分析への応用) |
| 【主な研究領域】 | 汎用抗生物質の化学的分析法の検討 向流クロマトグラフィーに関する研究 衛生化学分野におけるLC/MSの応用研究 |
| 【主な著書】 | Current Issues in Regulatory Chemistry 共著 2000 AOAC INTERNATIONAL |
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